2015.08.05 掲載
澁い -Shibui-
渡辺紗綾子さん
東京の中心部で生まれ育った渡辺さん。海外留学、首都圏での社会人生活を経て2014年、Iターン留学がキッカケで松代へ移住。大好きな場所で飲食店を開業する彼女が考える、地域で新しいコトを実行するヒケツとは?
※※ 人と地域を結び、移住を応援する雑誌「TURNS」 Vol.13( ㈱第一プログレス発行)掲載記事
新潟県の南西部に位置する十日町市・松代。日本有数の豪雪地帯であり、四季折々の姿を見せる美しい棚田などでも有名だ。町の中に、ひときわ目を惹く建物がある。古民家再生を手がけるドイツ出身の建築家、カール・ベンクス氏の事務所だ。その一階で、飲食店の開業に向けて準備を進める女性がいる。渡辺紗綾子さん(写真左)だ。
東京都目黒区で生まれ育った渡辺さん。2014年から約1年間「にいがたイナカレッジ」のIターン留学プログラムで松代へ。それがきっかけで、移住した。
大都会の中心部で生まれ育った彼女が、新潟県の山間部に、移り住んだ理由とは何だったのだろう。「田んぼと畑をやってみたかったのと、さまざまな挑戦ができそうな松代に魅力を感じたからです。口にするものだったり、新しい生活スタイルだったり、何でもつくり出せるのではないかと思って」
十代の頃はアメリカ合衆国のオレゴン州に3年間留学。帰国後は日本の大学を卒業し、首都圏で飲食店、イベント企画会社などに勤務した。その経験もまた、彼女の移住を後押ししたという。
「アメリカ、東京という、言ってみれば消費社会のただ中で生活することで、自分は〝生き物としては弱い!″と思うようになりました。モノには溢れているけれど、自分で確保したもの、つくり出したものは何ひとつないな、と。自分でなにかをつくりたい、個として強くありたいと思ったことも移住を決めた理由です」
持ち前の行動力で「やりたい」と思ったことは必ず実現させる渡辺さん。移住への動きも速かった。「移住先を探すうちに、たまたま〝にいがたイナカレッジ″を知り、これだと思い応募しました」
「にいがたイナカレッジ」は、農村の現場で1年間生活し、住民たちと一緒に汗を流しながら、地域づくり、産業、ムラの暮らしなどを学ぶ実践的なインターンシップ・プログラム。その活動を通して、松代という土地、そこに住む人の魅力に惹きつけられていった。
「野菜の水耕栽培を手がけるファームで勤務するかたわら、祭りなどの地域行事に参加したり、自分の足でいろいろなところへ出向き、時間の許す限りたくさんの方と交流したりしました。そこで思ったのは〝革新的な人が多い″ことと、〝文化レベルがとても高い″こと。毎日が発見と驚きの連続で、松代という場所が好きになり、ここで腰を据えて、しっかり生活したいと思うようになりました」
渡辺さんは「澁い」という飲食店をオープンした。
「もともと〝飲食店がやりたい!″と思っていたわけではないんです。少子高齢化で商店街が寂しくなっていると感じました。たくさんの人に来てもらうためには、お店が開いていないといけないと思い、開業を決意しました。また、松代には私を含め外から移住してきた人が意外に多く住んでいます。そうした方たちとの交流の場を増やせたらいいなと思って」と開業への思いを語る。
事務所の代表、カール・ベンクス氏とのかかわりもまた、開業を後押しした。
「一階はイベントスペースになっているのですが、もともとカールさんはここを飲食店として使いたいと思いながら、なかなか実現する機会がなかったようです。私も、誰か飲食店やらないかな―と思っていたのですが、誰もいないので私がやることに。飲食店をやることが決まってからはトントン拍子に進みました」
おもむろにベンクス氏の作品集を見せてくれた。
その名も「渋いDesign」。
「飲食店の名前、じつはこれから取ったんです!」と笑顔で教えてくれた。
「カールさんの事務所で働かせていただきながら、建築のことを知るだけでなく、彼の感性からも影響を受けています。カールさん自身も20年前に松代へ移住したということで、言ってみれば〝移住の大先輩″。飲食店をやるならここしかないと思う場所です」
古民家再生を手がけるベンクス氏の仕事はまさに「温故知新」。
「松代にはカールさんをはじめ、革新的な考え方の人が多いし、外部から来た人を受け入れる、ふところの深さがほんとうに好き。〝これをやりたい″と思えば、実現できる環境だと思います」
好きになった土地で、地域に住む方たちとの絆と自分の価値観を大切にし、新しい試みをしていく渡辺さん。彼女の成功を願ってやまない。
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