2017.05.31 掲載
後編
ウチノ食堂藤蔵 店主
野呂 巧さん
新潟市在住
後編
1988年生まれの野呂巧さんは新潟市西区内野町出身。海外への関心が強く、大学卒業するとすぐ7ヶ月かけての世界一周旅行を経験しました。その後、「いつか飲食店」を経営したいという思いを抱えながら埼玉県で営業職、上越市で飲食店、新潟市のゲストハウスで調理担当として経験を積み、2017年5月に生まれ育った新潟市西区内野町で「ウチノ食堂藤蔵」をオープン。
前編では、16カ国と1地域を訪問するなど、異文化に触れてきた野呂さんがなぜ地方の商店街で食堂を始めたのか?これまでの歩みをお伝えしました。
今回は、暮らしに寄り添う食堂で、これから叶えていきたいコトについてお聞きします。
世界を旅していたのに、なんで地方の小さな商店街にお店を?と驚かれることもあるといいます。
「僕は『国籍が違う=多様性』ではなく、ローカルにも多様性はあると感じています。世界一周の時に出会った、パレスチナ人のイブラヒム爺さんが、『肌の色も国籍も、ただのサイン(記号)でしかない』と教えてくれました」
イブラヒムさんは、イスラエルに住み、自宅を無料で開放し、食事や寝床を提供する「ピースハウス」という活動をする老人。国籍も人種も、性別も、宗教も違う人たちを多く受け入れています。
「泊まりに来る一人ひとりと接すると、人種や宗教などに関わらず、全員が違った『人間』なのだそうです。人をフラットに見て、ちゃんとその人の話を聞けば考え方も感じ方も皆違う。人間対人間で接すれば実に多様な「いろんな人」がいるということを学びました」
内野に帰ってきて、まちづくりなどに参加すると自分が子どもの頃には見えなかった、いろんな人がいることに気が付いた野呂さん。
「大学生、おじいちゃんおばあちゃん、サラリーマンに高校生に、子ども達。その人と達がそれぞれに考え、感じ、行動している。本当は地域だって多様なんです。でも、そういうものが見えにくい社会になっている。僕の店で少しでも多様な場が作れたら楽しいなと思っています」
「どこで何がしたいのか?」を考えていた就職活動の時に、なぜ「新潟」が思い浮かんだのか、ちゃんとした理由はよく分からないそう。
「帰ってきて思うのは、新潟は自分にとって『ちょうどいい』ということ。田舎すぎず、都会すぎず。最近、大学生と地域の共同農園の仲間に入れてもらい畑を始めました。食を扱っている以上、最終的に興味は素材をつくる現場の畑に向きます。そんな時に自然が近くにあって、気軽に始められる環境があるのが良いですね」
また、野呂さんは新潟には「隙」が多いと言います。ビジネス目線で言えば、東京で流行っていて新潟に無いものはたくさんあるので、それを持ち込むだけで商売になる。また、地域の課題も多いので、「こういうことをして欲しい」というニーズがたくさんあるそう。
「僕もお惣菜を売り始めてみて、自分で料理が難しくなってきた高齢の方々から、遅くまで働いていて料理する時間がないサラリーマン、子育てて忙しい主婦の方など『お惣菜屋があると助かる!』という人が町の中にたくさんいることを知りました」
他にも、新潟では「つながりを作りやすい」ことも、何かを始めたい人にはいい環境と野呂さん。
「やりたいと声を上げると、広がりやすいし、応援してもらいやすい。何かやりたいことがある時に、顔をだすべきコミュニティや、場所がはっきりしているので、入り口さえしっかり見つければ、どんどんと広がっていくのではないでしょうか」
野呂さんは飲食店を持ちたいと思った頃、「飲食店は地域で、コミュニティのハブになれる」という仮説を立てていました。生きていく上で欠かせない“食”の生業においては、どんな人であっても入店する可能性がある。毎日繰り返される暮らしのなかに当たり前にありながら、人と「何か」を繋いでいる「料理」は、人と人、人と料理、人と食材、人と地域...をつなぐツールになるのではないかと。
「物件が見つかってからお店にするまでは、周りの人を巻き込んでDIYで改装をしました。ゲストハウス立ち上げや、内野の米屋さんの改装を手伝っていた経験や人脈のおかげで、楽しくできました。お店づくり自体をイベントにしたことで、お店がはじまる前から、人が集まる場になりました」
その時手伝ってくれた人たちがオープンしてから、たくさん顔を出してくれているそうです。また、野呂さんは、お店を始めるまでに、不動産屋もリフォーム会社も通していません。
「振り返ってみれば就職も、Uターンも、業者さんを通さないで、人とのつながりの中で解決してきました。物やサービスは買うだけではない。顔の見える関係を大切にしていれば、好きなことを実現できるんだという経験を伝えていきたい」
「人が集まる場」をつくることで、つながりの中でやりたいことを実現させられる人が増えてくれれば嬉しいと語ります。
地域でやるからには、町に受け入れられるお店にしていきたい。
「僕はスペイン料理を練習してきましたが、内野の人たちに受け入れられるか?と考えたら、違うだろうと。もともとスペインバルの雰囲気には憧れていましたが、スペイン料理じゃなくても老若男女が集う店は作れると思います」
だからメニューは身体に優しいみんなに愛されるメニュー。定食とスパイスカレー。そして、塩分控えめのお惣菜。ランチが終わったらカフェタイムも。
「一日店にいると本当に色んな人が来るんです。高校生がお茶をしていて、そこに地元のおじいちゃんがお惣菜を買いに来て。狭い店内だから、そこで会話が生まれたり。ここにお店があることで、人と人がつながるきっかけを作っていきたいです」
自分の生まれ育った町に根を張って、野呂さん自身が旅を通して知った、「年齢も、性別も、職業も、国籍も、垣根なく、日常の中にある多様性」をこれからも表現していきます。
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