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新潟で夢にチャレンジ 第121回

粟島初のカフェでみんなを笑顔に!
- 小さな島でゆっくり絆をつなぐ暮らし -

2019.06.04 掲載

カフェそそど 店主

世良 健一(せら けんいち)さん

粟島浦村

 1983年生まれ、東京都出身。地元の高校、大学に進学。会社員として働きながらカフェ開業の資金を貯め、退職後は国分寺の「カフェスロー」で修業。2012年に業務の一環で初めて粟島浦村を訪れたことをきっかけに、2014年移住し、「カフェ そそど」をオープン。妻と娘の3人で粟島暮らしを楽しんでいる。

自分の店を出すことを意識してカフェで働く

 世良さんが「将来は自分でカフェをやってみたいな」と漠然と意識し始めたのは高校生の頃。当時からカフェ巡りを楽しんでいました。大学卒業後は不動産系の会社に就職しましたが、ずっとその夢を持ち続けていたそうです。5年ほど働いてお金が貯まったので会社を辞めて、国分寺にあるカフェスローで働き始めました。「音楽ライブやワークショップなど多彩なイベントを行っているところも“いいな”と思った理由でした。いつか自分が店を持つときの参考にしたいと思うお店でした」。
 仕事はキッチンに入って主に料理を担当。「働き始めてから分かったのですが、カフェスローはオーガニックで知られる店で、自然栽培や無農薬で育てられた、生産者の顔が分かる食材へのこだわりがすごいんです。将来、自分の店でもこのスタイルでやっていきたい!と強く思いました」。

予想もしなかった粟島でのカフェオープン

 世良さんと粟島との出会いは2012年。粟島浦村の村長とカフェスローのオーナーが知り合いだったことをきっかけに、夏の2週間という期間限定で、港のすぐそばにある空き倉庫を改装したカフェを開くことになり、スタッフとして初めて粟島を訪れました。「なんだかタイムスリップしたみたい。コンビニもスーパーもないけれど、自然がいっぱいで人が優しい。こういうところで暮らしてみたいなって素直に思いました」。
 当時は、独立して妻とふたりでカフェを開く場所を考えていました。「仕事で知り合った農産物の生産者の方々がとても魅力的で、自分でも畑を作りたいと思っていたので、土地探しの条件は畑があることでした。山梨や関東圏で探していたので、粟島のことは思いつきもしませんでした」。
 そんなときにオーナーから「粟島でカフェをやってみない?」と提案がありました。あの期間限定のカフェが成功に終わったことで、その後通年営業できる店が完成したのですが、店主がなかなか決まらなかったのです。一度訪れた粟島が気に入っていた世良さんは、ここなら畑作りもできるし、思い描いていた夢を実現できると思い、迷うことなく「やります!」と返事をしました。

島に馴染む、島の人たちに喜んでもらえる店に

 2014年5月2日、島びらきの日にカフェそそどがオープンしました。『そそど』は島の言葉でゆっくり、のんびりという意味。島に馴染む、島の人たちに愛される店をテーマに、内装には世良さんのアイディアが活かされています。
 「カフェの壁にはストローベイル(麦わら)や珪藻土などの自然素材を使い、島民やボランティアの方と一緒に作ったソファがあります。机や椅子は廃校にあったものや不要になったものを譲ってもらいました。オリジナルの照明は島の人が漁で使っていた浮き玉を“飾りに使って”と持ってきてくれたものを加工したんです。島の人たちが喜んでくれるかなと考えるのがすごく楽しかったですね。カフェを利用するのは島の人よりもゴールデンウィークや夏場に集中する観光客と聞いていましたが、私は最初から島の人との交流を大事に考えていました」。
 人口350人の粟島で初のカフェを開業した世良さんは、どこに行っても“外から来たカフェの人”と顔を知られていて“カフェってなんだ?”と 良く声を掛けられました。店で出すオムライスやピザに「初めて食べる!」と喜ぶ島の人たちの笑顔も励みになりました。

楽しみながら粟島のスタイルに合わせる

 ずっと島で暮らすつもりでしたが、最初の頃は島の人たちから「いつまでいるんだ?」と言われることが多かったと言います。「島に移住してきても、1年か2年すると去っていってしまう人も少なくないので、私もそう思われたのでしょう。なので、自分から“この島で子どもを育てたいと思っている”と話すようにしました」。
 カフェそそども、オープン当初はオーガニックやビーガン(完全菜食)系の料理も提供していましたが、島の人の好みは濃い味付け。肉を食べたいという人が多いことも分かったので少しずつメニューを変えていきました。
 「暮らしていくうちに、自分のこだわりよりも島の人が喜ぶかどうかと考えることが自然になりました。来たばかりのときは“新しい食文化を提供したい” “何かを変えたい”という思いが強かったのですが、次第にそれよりも島の人と共存していきたいという気持ちが大きくなっていったからだと思います。自分から歩み寄るようにしたらその方がずっと楽しいです」。

島で生まれた子どもはみんなの子ども

 「島で生まれた娘は3歳になりました。私も消防団の活動や祭りや神楽などに積極的に参加し、楽しみながら交流を広げています。“もう島の人だよ”と言ってくれる方が多くなってきました」。
 「毎年、ゴールデンウィークとお盆の時期はとても忙しいのですが、夫婦ふたりで店を切り盛りしているので、娘が小さいときは特に大変でしたね。妻が娘をおんぶしながらホールに出ていました。最近では、ありがたいことに親しくなった人達が娘の面倒を見てくれることが多くなりました。みなさんが“島で生まれた子はみんなの子どもだよ”と言って娘をかわいがってくれるのが本当にうれしいです」。
 オフシーズンは週2日以上定休日があるので、家族でのんびり過ごしているそう。妻のさやかさんも、最初から粟島への移住に積極的だったこともあり、ここでの暮らしに満足しています。 「年々、島の人との交流が深くなったこともあり、住むほどに島暮らしが楽しくなってきていると感じます」。

土地の人たちとのかかわりを楽しむことが大事

 移住して6年目。まだまだ粟島でやりたいことがたくさんあると言います。「新しい名物料理を考えています。わっぱ煮のブイヤベース風など、島の人たちが当たり前に食べてきたものをアレンジしてその魅力を伝えたい。去年、島で夏によく食べる『冷や汁』をカフェで出したら観光客にとても好評でした。島の人にも、自分たちにとっては身近で当たり前の食べ物が“実はすごいんだよ!”ってことを知ってもらいたいです」。
 世良さんは小さな離島への先輩移住者として、移住を考えている人には土地の人たちと共存する気持ちを大切にしてほしいと話します。「一度決めたなら長く住んでほしい。うまくいかなかったら1年で帰ろう、なんて甘い気持ちでは、地域に受け入れてもらうのは難しいと思います。実際に、粟島に移住しても理想と現実のギャップですぐに帰ってしまう人たちもいて、残念に思ったことも何度かありました。少し時間がかかるかも知れませんが、自分から心を開いて、土地の人たちとのかかわりを楽しんでいくうちに、自分も周りも変わっていきます。移住を考えている人には、そんなゆっくりと時間をかけた関係づくりを大切にしてもらえたら、と思います」。

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