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教えて先輩! 第143回

「雪国もそんなに悪くない」。それが正直な気持ちです(笑)

2019.11.01 掲載

魚沼基幹病院 看護師

森下麻衣子さん

南魚沼市

東京都出身。小学校入学と同時に湯沢町へ移住。高校までを湯沢町、南魚沼市で過ごす。高校時代に看護師を志し、卒業後に都内の看護専門学校へ進学。3年間勉強に励み、看護師免許を取得し都内の病院に就職する。その後、20代後半にかねてからの夢だった語学留学のためハワイへ移住。5年間のハワイ暮らしを経験し、日本に帰国。ハワイ同様、自然が豊かな場所で暮らしたいという思いもあり、小学校から高校までを過ごした南魚沼市へUターン。現在は、魚沼基幹病院で看護師として地域医療の最前線で働きながら、オフは豊かな自然を楽しみながら暮らしている。

\インタビューのポイント/
●語学留学が新潟を見直すきっかけ
ハワイでの生活が、新潟の豊かな自然と寄り添う暮らしに重なった
●一度離れたからこそ気づいた雪国のよさ
雪も季節の移ろいも、大人になった今なら楽しめる
●「移住したい」と思った時がタイミング
自分の素直な気持ちに向き合うことで人生は豊かに

「卒業したら東京へ行く」が口ぐせ

 東京都で生まれた私は小学校に上がるまで都内で暮らしていました。小学校入学とともに両親の地元である新潟県湯沢町に移り住み、高校卒業までの期間を過ごしました。東京とは真逆の雰囲気やあまりの雪の多さになかなか馴染むことができず、常々両親にも「高校を卒業したら、私は東京に行く」と言っていました。その言葉通り、高校卒業後は看護師を志し、都内にある看護専門学校に進学しました。実際のところは看護師になるために勉強したいという思いが半分。あとはとにかく雪が嫌で、田舎の生活から抜け出したかったというのが、東京に出た理由でした。

刺激的で便利な東京での暮らし

 専門学校で3年間学び、国家試験を無事にクリアして看護師免許を取得しました。卒業後は都内の病院に就職し、看護師として働き始めました。もちろん、当時は新潟に戻って働くつもりはまったくありませんでした。それどころか、子どもの頃以来の東京暮らしは、当時20代だった私にとって、とても刺激的で楽しいものでした。遊ぶ場所は無数にあるし何をするにも便利。お酒を飲みに行っても遅い時間まで電車が動いているから帰りの心配をする必要もない。当然、夜勤もありましたが、夜勤明けに家には帰らずにそのままショッピングに出かけたりしていました(笑)。大都市の利便性と多くの刺激―それを存分に感じながら東京暮らしを楽しんでいました。
 新卒で就職した病院で4年間働いた後、キャリアアップを目指して都内の大学病院に転職しました。3年間救命救急で働き、命の現場に向き合いました。緊張感のある現場でしたのでやりがいはとてもありましたが、精神面で強いストレスを感じることもありました。看護師として7年が過ぎた頃、一度自分をリセットしたいと思うようになっていました。

太陽とともに寝起きするハワイでの生活

 小さな頃から「いつか留学をして英語を学びたい」という気持ちがあった私は、20代後半のその時こそがタイミングだと思い、両親にも相談して病院を退職し、1年間の予定で語学留学を決めました。ハワイでの暮らしにも憧れがあったので、留学生としてハワイの語学学校で英語を勉強し、その後大学に編入しました。
 温暖な気候と美しい自然、リゾート地ならではのピースフルな雰囲気。ハワイでの暮らしは、東京とはまったく違うものでした。東京生活でのオフの楽しみはショッピングをしたり、夜遊びしたり、お酒を飲んだりすることでしたが、ハワイでは海でサーフィンをしたりハイキングを楽しむなど、太陽とともに起きて夕日が沈んだら眠るという、とても人間らしい生活に変わったのです。東京にいた頃はものすごかった物欲が全くなくなり(笑)、おまけにストレスもゼロになりました。そんな暮らしは実に心地よく、英語の勉強も順調にステップアップできたこともあり、1年の予定が気づけば5年になっていました。

ハワイの暮らしに近いのは東京?新潟?

 もしハワイでの生活がなかったら、私はいまだに東京で暮らしていたかも知れません。それほどハワイでの5年間は私の生き方や考え方を大きく変えるものでした。「日本に帰ろう」と決めた時、私の中にあんなに好きだった「東京」という選択肢はなくなっていたほどです。東京と新潟――ハワイで体感した心地よい暮らし方ができるのは間違いなく新潟です。もちろん気候はハワイとは全く違いますが、自然がすぐそばにあって、その中に身を置いたナチュラルでゆとりのある暮らしこそ、今の私が望んでいるものだと気づけたのです。
 それに両親が新潟にいましたし、東京とハワイを合わせ10年以上も離れていたこともあり、日本に帰ったら両親の近くで暮らしたいという気持ちもありました。そんなことから、帰国した自分が暮らす場所として自然な形で新潟を選択したのです。同世代の友人にも、東京から新潟にUターンしている人がいたので、新潟に戻ることへの不安はありませんでした。

魚沼基幹病院で看護師として再スタート

 2018年春に新潟に戻り、8月から南魚沼市の魚沼基幹病院で看護師として再スタートを切りました。魚沼基幹病院はこの地域最大の病院ですし、外国人の患者さんも多いので留学で身に付けた英語力を活かすこともできると思い働くことを決めました。現在は内視鏡室と救急外来を担当していますが、急患時に自分の英語が役立つ場面もあり、やりがいを感じています。今後はさらに経験を重ね、地域の医療現場に貢献したいと思っています。
 オフには両親と畑で野菜を育てたり、友達とハイキングに行ったり新潟ならではの遊びを楽しんでいます。実は小学生の頃はウインタースポーツが苦手で、特にスキー授業は本当に嫌だったのです(笑)。それに当時は徒歩通学だったので、どんなに大雪の日でも30分は歩かなければならなかったのです。幼い頃のそんな苦い記憶がありましたが、大人になるとそれはとても小さなことだということに気づきました。スキーが嫌いならやる必要はないし歩くのが大変ならクルマに乗ればいい(笑)。雪に対する考えは、子どもの頃と全く変わりました。この冬に同僚と行った久しぶりのスノーボードは、実に楽しかったです(笑)。

一度離れて大人になったから気づけた雪国の魅力

 1年半ほど住んでの感想は「雪国もそんなに悪くないかな(笑)」。それが正直な気持ちです。そして、今だから気づくことのできる魅力がたくさんあるということです。「田植えが始まった。山の緑が濃くなってきたな。稲穂が黄色くなっている。もう稲刈りが終わったのか。雪囲いが始まったな。朝起きたら真っ白だ、まだスタッドレスタイヤに替えていないのに(笑)」―こんなふうに季節の移ろいを楽しめるようになったのは、一度新潟を離れて東京やハワイで暮らし、戻ってきたからこそだと思うんです。
 あえて不便さを言うならクルマが必要不可欠だということです。電車での移動が当たり前になっている方は大きな差を感じるでしょうが、クルマの運転自体を楽しもうと考えればよいと思います。時間にとらわれず好きな場所に移動でき、快適な温度の中で好きな音楽を大音量で聴いたりもできます(笑)。維持費が…と思いがちですが、新潟での住居費+クルマの維持費は、東京での住居費とあまり変わりがないはずです。この地域は雪に慣れているので道路の除雪も整っていますし、冬の運転が不安な方は、自動車学校の雪道講習を受けてみるといいかもしれません。
 人生は一度きりです。私は東京に行くことも、ハワイで暮らすことも先延ばしせずに、自分の素直な気持ちに向き合ってきました。やりたいと思ったことを、やりたいと思った時にやる―「今でしょ!」を大切にした方が人生は豊かですし、もし仮に住んでみて「違うな」と思ったら、また次の暮らしの場所を探せばいいだけのことです。あなたが「新潟に住んでみたい」と思った時こそがタイミング。私はそう思います!

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