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教えて先輩! 第141回

箱根駅伝の夢を叶えて糸魚川に恩返し

2019.06.28 掲載

デンカ株式会社 青海工場

佐藤 駿也さん

糸魚川市

 1996年生まれ。糸魚川市出身。中学から陸上を始め、高校2年の時に箱根駅伝に出たいという気持ちが強くなり群馬県の上武大学へ進学。寮生活を送りながらハードな練習をこなし、見事大学3年生の2017年1月に行われた第93回箱根駅伝に選手として出場。復路の9区を完走し襷をつないだ。就職を考えた時「支えてくれた家族や故郷に貢献したい」と、Uターンし地元のデンカ株式会社に就職。糸魚川市にある青海工場に勤務し、休日はランニングをしたりロードレースに出場したりしながら故郷での生活を送っている。

箱根駅伝出場を目標に掲げた高校時代

 私は中学、高校と陸上部に所属し、長距離を走っていました。高校では駅伝にも参加するようになり、2年生の夏頃からはタイムも伸びてきたこともあって、箱根駅伝に出場したいと思うようになりました。箱根駅伝と言えば、日本のお正月の一大イベントですし、ご存じの通り大学陸上の花形とも呼べる大会です。そこに出場して走ることは陸上選手としての大きな目標でした。誰もが知る大舞台で走ることができれば、家族や友人、そして地元の人たちを喜ばせることにもなると思い、それを実現させたいという気持ちが強くなっていきました。
 3年生になり卒業後の進路を考えた時、やはり選手として箱根駅伝に出たいという気持ちに変わりはなく、走りのタイムがよかったこともあり、スポーツ推薦で、箱根駅伝の常連校である群馬県の上武大学に進学しました。

夢を叶え箱根9区を見事完走

 群馬での大学生活は駅伝一色でした。入学式の前から駅伝部の寮に入り、同期部員や先輩たちと寝食を共にして、日々練習を重ねていきました。箱根駅伝の選手に選ばれるためには、定期的に行われる部内の記録会でよい走りをして好タイムを出すことが必要だったので、必死に練習をしました。そういう意味では同期の部員や先輩・後輩はみんなライバルではありますが、駅伝はひとりではできない競技です。チームみんなで一丸となって力を合わせ、切磋琢磨しながら箱根路を目指しました。
 そして、ついに大学3年生の冬、2017年1月に行われた第93回大会に選手として出場することができました。私が任されたのは、最長区間の復路9区でした。襷を受け取る前は「やってやるぞ!」という強い気持ちで待っていたのですが、いざ走り始めるとやはり緊張があったのか、なかなか思い通りには走れず途中かなり苦しい時間帯もありました。ですが、23キロの間、監督やチームの仲間、そして沿道からのたくさんの声援が途切れることなく私の背中を押してくれました。そして、自分一人ではここまで来ることはできなかったと、感謝の気持ちが自然と湧き上がってきました。そのおかげで、無事に走り切ることができ、最終結果で上武大学は15位となりました。

支えてくれた家族や地元に貢献したい

 中学からの10年間、陸上と駅伝一筋で過ごしてきたわけですが、箱根駅伝が終わって大学4年生を迎えるタイミングとなり、卒業後の進路について真剣に考えるようになりました。それまでは漠然と生まれ故郷の新潟で就職したいというくらいでしたが、本格的に就職活動を進める中で「地元で自分がやったことが形に残るような仕事に就きたい」という気持ちになっていきました。これまで陸上を続けることができたのも、箱根駅伝出場という夢を叶えられたのも、家族や周りの人たちの支えがあったからこそ。今度は私がひとりの社会人として、ふるさとに帰り、恩返ししたいという気持ちになっていったのです。

「地元に帰りたい」という気持ちを再確認

 私が就職したデンカ株式会社は、糸魚川市に青海工場がありましたので、会社のことはなんとなく知っていましたが、企業研究を進めていく中で、生活に欠かせないものづくりや環境への配慮などを通じて地域社会に貢献していることが分かりました。自分が思い描くような、形に残る仕事ができるということと、「地元で働いて、地域に貢献したい」という私自身の考えにマッチしていたことから、エントリーをしました。
 就職活動では、都内や関東圏の企業説明会にも参加したのですが、そういった場所に行くことで、逆に「自分は糸魚川に帰りたいんだ」という気持ちを再確認できたように思います。なので、デンカ株式会社から内定をいただいた時は理想の仕事ができる喜びと、地元に戻れる嬉しさの両方を感じることができました。

休日は糸魚川の自然の中を走る

 2018年4月にデンカ株式会社に入社し、社会人として働き始めました。4年ぶりに糸魚川に戻ってきて感じたのは変わらぬ自然の豊かさであり、私が箱根駅伝を走る直前の12月に起きた糸魚川市大規模火災から、復興を遂げようと前進する街の様子でした。
 入社して1年が経ち、現在は青海工場のセメント部に所属しています。セメントは社会のインフラを支える重要な製品であり、また青海工場では社内外の産業廃棄物を原料や燃料として使用するリサイクルを行い、循環型社会の形成にも貢献しているので、やりがいがあります。工場の機器が正常に動いているかチェックをするのが私の主な業務ですが、機器の修理や補修の手配をすることもあり、それがスムーズにでき上司や先輩から感謝された時、何よりも嬉しさを感じます。まだまだ業務の中で学ぶことも多く、それがモチベーションの一つにもなっています。
 休日になると、やっぱり走ってしまう自分がいます(笑)。美しい海岸沿いを走ったり、街から山に向かって走ったりもします。仕事が三交代勤務なので、たまに休みが合った時には同僚と一緒に走ることもありますし、中学や高校時代の仲間と走ったり飲みに行ったりするのも休日の楽しみになっています。
 また、選手として走ることも続けていて、新潟市で行われた『新潟ハーフマラソン』や上越市の『高田城ロードレース大会』、地元の『能生地域対抗駅伝競争大会』などに参加しました。そういったロードレースでは「楽しみながら走ろう」と思っているのですが、学生時代のクセが抜けないのか、いざレースが始まると本気で走ってしまいます(笑)。

社会人として、ランナーとして憧れとなる存在に

 今は会社の寮で生活をしているのですが、たまに休日には実家に戻って両親と食事をすることもあります。父母ともに私が地元に戻って就職したことを喜んでくれていて、私としても少し親孝行ができたのかなと思う部分です。
 糸魚川は四季がハッキリしていますし、海があって山も近い、独特の美しい自然に囲まれているので、季節の移ろいを感じながら走ることができます。夏には海水浴やBBQ、冬にはスキーやスノーボードなど季節ごとのレジャーが楽しめるのがとても魅力的だと、今改めて感じています。
 社会人として2年目を迎え、後輩も入りましたので「佐藤さんのようになりたい」と思ってもらえるように仕事のスキルを磨いていきたいです。また、ひとりのランナーとしても、中学生や高校生の目標であり、憧れてもらえるような存在になりたいです。走ることはこれからも変わらず続けていきます。
 私と同じように新潟県出身で、今は東京や県外で学生生活を送りながら卒業後のことを考えている人は、1日でも2日だけでもいいから時間を作って自分が生まれ育った故郷に帰ってみてほしいです。そして、自分が懐かしいと思う場所を訪れてみてください。新たに進むべき道が、見つかるきっかけになるかも知れません。

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