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新潟で夢にチャレンジ 第6回

まちづくり俳優・森太熊がゆく新潟よそもの紀行 1
- 森太熊さん -

2008.04.14 掲載

大阪で生まれ育ち、東京の大手企業のトップセールスマンだった男が、今ひとつ満たされない生活に見切りをつけ、かねてから夢であった映画俳優デビューを果たすべく、新潟にやってきた。新潟に移り住んで3か月、映画制作のため県内各地を飛び回り、すっかり魅了されてしまった森太熊が、「よそもの」の視点から新潟県の魅力を大いに語る。
第1弾は、各地の第一印象です。(第2弾は人物列伝の予定。お楽しみに)

新潟市

最初に想像していたよりも、ずっとずっと都会だった。肥料の臭いがしなかった。牛のなきごえも聞こえなかった。
僕が来たときは少しだけ雪が降っていた。地面はツルツルになっていた。新潟市民はツルツルになった地面とパラパラ降る雪にテンションが上がっているみたいで、あちこちでキャーキャー騒いでいた。
雪なんてそんなに珍しくないだろうに、新潟の人は陽気なのかなぁと思っていたら、新潟市は一月でも、ほとんど雪も降らないと聞いた。すごく意外だった。もっと極寒の地を想像していたので、案外普通な街並みに面食らった。これなら、途中、電車で通った長野や岐阜の方が、ずっと新潟っぽかったなぁ。
少し車で走ると鳥屋野潟に行き着いた。そこには白鳥の大群が。おぉ、さすが北国。朝方、何処かへ飛び立ち、夕方、何処からともなく帰ってくる渡り鳥たち。何処へ行っているのか、いつも不思議に思っていた。ある日、上越方面に車を走らせている時、広大な田んぼで何かをついばんでいる白鳥たちを発見した。ここにおったんかぁ。
カーラジオから流れるFMポートの声は「そろそろ白鳥が北へ飛び始めています。もうすぐ春ですね。」と言っていた。その後、流れてきたキャンディーズの曲を聴きながら、「白鳥が季節を知らせてくれるなんて、めためたロマンチックやなぁ」と僕は思った。

十日町市

新潟市と同じ県とは思えない、雪深い里だった。そう、これこれ。これこそ俺が求めてた新潟のイメージや。松代・松之山に入ると、そこはもう、教科書に載っている新潟県の写真そのもの。3?の積雪。かまくら。棚田。うわぁ、地面から噴水出てるやん。家の一階部分が全部雪に埋まってるし。僕から見たら床上浸水である。
夜、ある町内の御神輿を担ぐおっちゃんらの宴会に参加した。楽しく飲んで一時間ほど。急に皆が居住まいを正しはじめた。と思いきや、いつの間にかマイクを持っていた隣のおっちゃんが唄いはじめた。ポカーンとする僕に誰も何の説明もしてくれない。皆もおっちゃんに合わせて、合いの手っちゅうか、Bメロっちゅうか、唄っている。僕も見よう見まねで唄ってみる。5分くらいおっちゃんと皆が交互に唄った後、手拍子が始まり、徐々に速くなり、唄が終わった。
これは天神囃という、十日町の宴会では必ず唄われるお囃子らしい。大阪にも、東京にもそんなん無かったので、めためた羨ましくなった。「僕も天神囃おぼえたいんですけど、歌詞カードとか無いんですか?」と聞いてみた。すると「無い」と言われたので、皆どうやっておぼえているのかと聞くと、「宴会に出ているうちに自然とおぼえる」という。しかも同じ十日町の中でも場所によって違う天神囃があるらしい。地元の仲間と一緒に唄えるお囃子がある。それが何代も前から継承されてきている。「僕も十日町に生まれたかった」と、強く感じた。

長岡市

長岡で初めて訪れたところは川崎小学校だった。ここは20年前に学校の中に森を作ったらしい。ものっそい、こんもりした、C.W.二コルがホーキンス履いて切り株に腰かけ、コーヒー飲んでる周りを子供たちが走り回っている、そんなハイレハイレクレハイレホーな、わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい的光景を想像していた僕は、グランウンドが全て森になっていると思い込んでいた。
小学校の門を入るとすぐ右手の庭に、木が何本か植えてある、ちょっとした雑木林があった。雑木林はほとんど葉っぱが落ちて丸裸状態「さすが川崎小学校。入口からして森の序章が始まっているんですね。さぁ、学校の森はどっちに行けばありますか?」聞くと、案内してくれた人は「これこれ」と言って雑木林を指差している。エ。ちょ・・・、こ、これが、かの有名な学校の森ですか・・・。
森と呼ぶにはあまりに細い木々。あからさまに落胆している僕に案内者・学校の森をつくった張本人・山之内義一郎先生は教えてくれた。「これは単なる雑木林のように見えるだろうけど、子供たちに『これが森なんだよ』と伝えれば、子供たちはこれを森として意識するようになるんです」と。雑木林になっているのは、多種類の木を意識的に植えているからで、丸裸になっているのは、落葉樹を多く植えているからなんだそうだ。そうすることで、子供たちは毎日、季節の移り変わりを敏感に感じとって情操的に育つそうな。なるほど。いつの間にか僕は、これを森として見る感受性を失っていたのか。
実際、川崎小学校の子供たちは元気そのものだった。かつてインドの高山地帯に旅行に行った時、現地の子供たちは外国人を見るとやたら元気にはしゃいで寄って来た。食べ物を貰えるからだ。川崎小の児童は食べ物を貰えるわけでもないのに「イェェーイ!」とか叫んでアホみたいに、否、無邪気にまとわりついてくる。心底可愛い奴らだと思った。こいつらにナイスな未来を残してやりたい。急に環境問題が気になってきた。感受性の強い、可愛い子供が世の中に増えると、きっと大人も良い人が増えるんじゃなかろうか。そんな気がした。
(写真は、スナック・サクセスのママさんの一家から歓迎会をしてもらった太熊です)

佐渡市

「佐渡の人は優秀だ」という。言う人は決まって、佐渡の人だ。鼻もちならない言い方だ。佐渡の人は、それ以外の新潟県民と自分たちを区別して「佐渡は独立国家だ」という。佐渡の人って、とっつきにくい。はじめはそう思っていた。
僕にとって佐渡は特別な思いの有る地だった。かつては尊敬する宗教家・日蓮をはじめ、数々の思想家、芸術家が佐渡に流された。新潟で文化、芸術を生業とする僕としては、一度は詣でなければならないと思っていたのだ。
新潟から佐渡に行くには船に乗らなければならない。ジェットフォイルに乗れる身分ではないので、カーフェリーに乗っていざ出航!フェリー内には家族づれの方やワンカップがよく似合う方、高校生やOL風の方などバラエティに富んだメンバーのカオス状態。かもめ達と戯れているうちに、船酔いすることもなく佐渡島の到着!風光明媚な港の風景に感慨もひとしお。
佐渡を回りながら、話を聞いていると、佐渡市民が抱える問題が浮き彫りになってきた。「佐渡はこんなに素晴らしい文化があるのに、若い人が出て行って帰ってこない」という。独立国家はいつのまにか孤立しつつあったのだ。こんなに景色も空気も食べ物も文化も素晴らしい場所なのに高齢化が猛スピードで始まっているのだ!僕が感じたとっつきにくさは、切迫感から来るものなんだということが分かった途端に、急速に佐渡の人が好きになってきた。人は相手のことを知れば、感情移入してゆく生き物なのだと実感。
島内にはかつて300以上の能舞台があって、今も35の能舞台が残っている!僕が見せて貰った祭りの鬼太鼓(の練習)も最高にHOTだった!人間国宝も何人かいらっしゃる!文化・芸術を理解される方が多い!しかも陽気!自然の恵みが豊かで食べ物も美味い!そして食料自給率が300%を超えているというから食い物には困らない!さらに、酒も美味い!空き家も多い!これは・・・東京に沢山いた「何かやりたいけど何も出来ずにいる人」「表現する場所を探している人」「都会の暮らしに疲れて癒しを求めている人」の新天地になる可能性が十分にある!こんな面白い場所がまだ日本に残されていたなんて!これを埋もれさせる手はない。僕は佐渡で映画オーディションを開き、島外から人を集める計画を立てはじめた。

村上市

雪がしんしんと降る夜だった。初めて村上の駅に降り立った僕は、何故だか「随分、遠くにきてしまったなぁ」と寂しい気分になった。村上は城下町らしく、他の町とは雰囲気が違った。なんというか、しっとり?モイスチャーな感じがする。何を言っているのかよく分らないがとにかく、そう思った。19時の村上は、ほとんどの店がシャッターを降ろしており、僕の中のセンチメンタリズムを加速させた。
僕を家に招いてくれた吉川さんのお宅は、大正浪漫を思わせる造り。街並みもレトロっちゅうか、歴史を感じさせる趣がある。村上は道路拡幅事業から勇気のある方向転換をした町なんだそうだ。道路拡幅をして、家の前の土地を売れば、各家にまとまったお金が入る。しかし、道路を拡幅して商店街が栄えた前例は無いらしい。何より城下町・村上の景観を後世に遺したかったという。村上の人々は目先の金ではなく、もともと自分たちの町がもっていた魅力を最大限に引き出すことで、まちづくりを成功させた。らしい。
その時はぼんやりとしか分からなかったが、なんだかそれは、今回、ぼくらがつくる映画「降りてゆく生き方」のテーマと通じており、不思議な縁を感じた。しかし、村上を本当に好きになるのは、もっと後のことだった・・・。
(写真は、内山カメラさんのご好意に甘え、お風呂に入れてもらって、奥さんに髪を乾かしてもらう太熊です)

森太熊が奔走する映画はこれだ

ストーリー:突如、社会や家庭から見捨てられた、団塊世代のエリート官僚・坂本(武田鉄矢)が、地方都市再生に取り組む人々との出会いを通して、自らの生き方と日本が抱える問題に真正面から向き合い、現代の日本人が忘れかけている「降りてゆく生き方」に出会うという完全オリジナル作品。(シナリオ開発中のため、設定変更の場合はご容赦ください)
新潟とのかかわり:映画の企画のため全国を取材していたプロデューサー陣が、まちづくりの第一人者・清水義晴さん(新潟市在住)の著書「変革は弱いところ、小さいところ、遠いところから」と出会い、深い感銘を受けるとともに、それを具現化した人々の生き方にインスパイアされ、新潟でのロケを決定。現在、県内各地でオーディションを開催し、映画制作を通したまちづくりの輪を広げている。
製作:株式会社 プレサリオ
制作:TWENTY FIRST CITY株式会社
企画:NPO法人 にっぽんプロデュース
撮影予定期間:2008年5月?(新潟県全域) 約2か月予定
完成予定:2008年末
公開:2009年全国公開予定(新潟先行上映2009年初頭)
主演:武田鉄矢
エグゼクティブ・プロデューサー:清水義晴(えにし屋 代表)
監督:倉貫健二郎(「サラリーマン金太郎シリーズ」「夜王 ?YAOH?」演出・ プロデュース 他)
撮影:赤川修也(映画「限りなく透明に近いブルー」撮影 他)

おまけ

森太熊の今、映画「降りてゆく生き方」の今がわかるページです。
遊びに来て下さい。

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