2009.07.27 掲載
前編
前編
地域に内在する様々な価値を、アートを媒体に再発見し、共に何かを創っていこうと、東京から移住し、アート作業に取り組んでいる若者へのインタビューを通じて、地域の人との関わりや暮らしぶりをお伝えします。 (Photo:Anzai)
「人は自然に内包される "Human beings are a part of nature."」これが、大地の芸術祭のコンセプトです。あらゆる生き物の生きる力を感じることができる場所、ひとつの希望の場所でありたい、すでにそこにあるものに人間の活動が加わり、地域が元気になりたい…大地の芸術祭は、中山間地域である越後妻有(十日町市、津南町)を舞台に、地域に内在するさまざまな価値を、アートを媒介として再発見、掘り起こし、その魅力を高めて世界に発信することを通じて、地域再生の道筋を築いていこうと、10年前から始まった3年に1度のお祭りです。
地域と都市、アーティストと里山、若者とお年寄りとの交流と協働のなかから生まれたアート作品が、集落や棚田、空家、廃校、商店街などに展開。大地に畏敬の念を抱き、大地の恩恵に感謝し、自然と折り合いをつけながら耕し生の営みを連綿と続けてきた私たち祖先の長い永い時の流れを、アートという手段によって表現し伝えようとする、これまでの私たちの意識のなかにある美術の展覧会や美術イベントとは全く異なる概念によって取り組まれているものです。
とはいうものの・・・
なぜこんな里山で、対極にあるように思える集落のお年寄りと、アーティストや都会からやってくる若者とが、共に何かを創っていこうと思い行動するようになったのでしょうか。里山の片田舎のどこに、何に惹かれて若い人たちが汗をかきにやってくるのでしょうか? また、集落の人たちはこうした若い人たちの、時に無謀とも思える言動を、どう受け止めているのでしょうか?
芸術祭にサポーターとして参加するうちに、この地域で自分の夢をかなえてみたい、と、58軒、190名あまり、集落はみんな「尾身」姓という十日町市鉢集落で、廃校となった小学校を、地域の人も地域外の人も集い語り合える「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」として再生していこうとする取組みのスタッフとして東京から移り住み、地域のお年寄りとの協働作業に取組んでいる、細谷季子(ほそやときこ)さんへのインタビューを通して探ってみました。
「まともにメシ食ってんだかや?」
「こないだもらったお米は、あっという間に食べてしまいました!」と、細谷さん。
「じゃがいもがいい出来だすけ、掘っておこと思ったども、雨が降ったすけ、まただて。」
2週間後に迫った、芸術祭。集落の1軒1軒を回って、作品制作のお手伝いや、会期中美術館の受付、駐車場整理などのお手伝いをお願いして歩く。
「駐車場かぁ、あっついなぁ。」
「『さっぺし(※1)』作るのもあるから、そっちお願いできると嬉しいんです。」
「わらすぐって(※2)、それからだわ。○○んとこと、△△んとこも、さっぺし作られるわ。」
「お願いします。いつなら作られる?」
(※1さっぺし:昔、米を入れた俵のふたのこと
※2すぐる:わらを綯いやすくするため、しごく)
ちょっとイントネーションが違う細谷さんが説明する脇では、2000年・第1回大地の芸術祭から集落での作品制作に手を挙げ、集落のこれからを考え行動してきた尾身浩さんが、細谷さんの説明の後に言葉を添える。
二人三脚というよりも、むかで競争。集落で何かをしていくということは、大小さまざまな大きさ、長さ、速さの足並みを、揃えるというよりは、転ばないように前へと進めるようなものなのかもしれません。濃密な人間関係から避けては暮らしていくことが難しい集落の中での生活。
「2003年の芸術祭に鉢で作品を作ったアーティストが友人でした。作品制作に入る前の2002年の秋、集落の祭りに、友人に連れられてやってきたのが最初。その後も毎年必ず秋祭りと冬の雪祭りの雪像作りに参加してきました。毎回来たのは、鉢の人たちが、いつもとてもあたたかく両手を広げて迎えてくれたからです。実家は埼玉ですが、団地に住んでいる自分とは全く違い、はじめての経験でした。
でも、少し離れたところからずっと関わり続けるのだろうと思っていました。ここが好き、でも、暮らすことはないだろう、と。」鉢の集落のいいところと、そうでないと思うところがあり、「生活すると見えてしまうこと」からは、できれば避けていきたいと思っていたという。今までの自分の人生の中に「生活」が入り込んできたことは無かったから、「いたいところで、いたい人といることしかしてこなかった、周囲の人と心通わせながらの経験は無い自分のこれまでとは全く違う関係性に入っていくことを躊躇した。」のが本音なのだそうです。
「学芸員の仕事を東京でしてきました。仕事は楽しくて、充実していました。ただ、自分がやりたいことは何だろうと考えた時に、プロデュースよりは『表現する』仕事の方に夢があったのだと、鉢に通うようになって改めて気がついたのだと思います。自分がここにいる必要性があるのかも…と思い始めてから、自分の欲求、やりたいなぁと思っていることが少しずつはっきりとしてきました。」
細谷さんがやりたいなぁ、と思っていることとは、いわゆる「仕事、職業」とは少し違うようでした。
「歌を歌っていきたいというのが、夢です。それは、一般的にイメージする歌手、ブラウン管の向こうで歌っているということではなくて、ここでの生活を通して何かを感じながら声を届けていきたいなぁ、と。厳しい冬の生活を協力し合って暮らすこと、周囲がいるから自分達も生活できるという感覚。本音の付き合い、心と心の関係が成り立っていて悪いも良いも一緒。人と出会うことでそれがエネルギーとなってカタチをかえて誰かに何かを伝えていける。長い眼でみていきたい、自分にできることをやっていきたいなぁと、鉢での暮らしを経験するなかで、情報がたくさん溢れていていろいろなことが飛び込んでくる東京とは違い、焦点を絞って、生活の中で創作活動をしていきたいと思うようになりました。」
濃密な人間関係になることへの「こわさ」と、「やってみようかな」という思い。逡巡し、今も迷いながらも、「自信が無いこと」が人と人とのつながりをより強くさせていくのだとしたならば、自分がここで生活することの意味を実感ある肌触りとして捉えていくことができるのかもしれない、と、細谷さんは今、「なりわい」として自分のやりたいことをやっていきたいと考えているようです。
強い意思、信念を持って集落に入ってきたのとは少し違う細谷さんを、そのまま受入れていこうとする鉢の集落。
尾身さんは、「今は、芸術祭の成功に向けて、とにかく美術館での様々な活動を軌道に乗せていくことに必死だから他は見え難いけれど、芸術祭が終わってから、生活するためにどうしていくかを考えないと。だから、美術館が自立して運営していけるよう頑張らないとね。」と、大きな祭りの後の日常への視点を大切にしています。
絵本と木の実の美術館は、『ちからたろう』で第2回BIB世界絵本原画展金のりんご賞を受賞、その後も絵本作家、アーティストとして第一線で創作活動を続けている田島征三さんの荒唐無稽ともいえるような純粋で楽しい世界が、そのまま絵本から里山の小さな廃校に展開するような取組みです。田島さんのあまりにもピュアで無垢な人柄が、集落の人たちを小学生だった頃の自分へと還る手助けをしているかのようです。「反対している人がいない訳じゃない。ただ、邪魔する人がいない。それだけで充分。」
尾身さんは、鉢で起きている現実をこう表現します。2006年、第3回の頃から、芸術祭に関わる取組みにお年寄りの出る幕が増え、今では96歳になるおばあちゃんも、美術館を運営する重要なスタッフのひとりです。「デイサービスセンターで、造花の花を作ったり、同じ環境に置かれているお年寄りだけが集まって子どものころの話をしたり懐かしい歌を歌うのがリハビリなら、この場所でヨソから来た子どもらと縄ないをやるとか漬物をつくるとか、自分にできることをやる、得意なことをやる、面白くやる方が、ずっといい。あと何年、どうせなら笑ってここで最後を迎える方が幸せなんじゃないかな、と思うからね。」
他愛も無いような話をしあえるかどうか。濃密な集落の人間関係に新しい関係性を取り込んでいこうとするためには、様々な人が関わりあいながら、みんな違ってみんなそれぞれにいい、自分にできることをじぶんなりにできる場所、人間くささを実感できる空間が必要なのではないでしょうか。それを、鉢の集落は今、多様で個性的な人たちが強引にではなく、自分のやれることをしながら、廃校舎となってしまった場所で今あるものを持ち寄り活かしあいながら、確かな息遣いにしていこうとしているのでしょう。
ちょうど細谷さんと尾身さんに話を伺った日の夜は、地区体育祭の練習日でした。
みんなで大玉送りやむかで競争の練習をしている様子をみながら、こんな風に他愛もないことで、笑えていたかなぁ・・・と、自分のこの頃を思いました。
僕は終始感動していました。
なぜなら、ここまで全力でお金にならない仕事を手伝ってくれたからです。
他人のことでも自分のことのように全力で手伝う。
それは何のためなのでしょうか?
困っている人がいたから?この地域を守りたいという気持ちから?
考えても分かりませんでした。
でも、僕はこんなにも人情に厚い人々とその人たちが守ってきた自然、現代まで残っている日本の原風景を微力かもしれませんが、本当に守っていきたいと思いました。
そして、多くの人に芸術祭を通してこれらに少しでも気付いてもらいたいと心から感じました。
本来、ボランティアとは「大変そうだね、俺も手伝うよ。」って、そんな感じでするものなのかもしれません。
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