2022.02.04 掲載
中野 直文さん
新潟県三条市 下田地区(旧下田村)
◎活動開始
2020年4月~
◎経歴
・出身:山口県山口市
・山口県の職業訓練校を卒業後、家具作りの会社に就職。その後、転職と同時に神奈川県に移住。仕事の傍ら専門学校に通い、イラストを学ぶ。2019年11月にNPO法人ソーシャルファームさんじょうが開講している「しただ塾」入塾のために下田地区へ。2020年4月より、地域おこし協力隊として活動。
◎世帯構成
ひとり暮らし
山口県山口市で生まれ育った中野直文さん。地元の農業学校を卒業後、インテリア木工を学ぶため、職業訓練校に入学。家具作りの会社に就職した後、30歳で神奈川県にある工場へ転職。本業の傍らグラフィックの専門学校にも通われたそうです。
「子どものころから絵に興味はありましたが、現実的ではないと周囲から止められ、実行に移せないままでした。地元を離れ、神奈川でグラフィックの専門学校に通い始めたのは、そんな自分を変えたかったからかもしれません」。
工場で働きつつ、週一回グラフィックデザインについて学ぶ中野さん。実習の際にあった、企業紹介のパンフレット制作でたまたま下田郷を代表する企業の名前を知り、下田郷がアウトドアの聖地だと知ったそうです。
「もともとアウトドアのお店をやりたいと思っていたほど、アウトドアに興味がありました。ですので、アウトドアの聖地とまで呼ばれる『下田』という名前は記憶に残っていたんです」。
専門学校を卒業した中野さんは地元・山口への帰郷を考えたそうです。しかし、なかなかやりたいことが定まらない。そんな時に出会ったのが、NPO法人ソーシャルファームさんじょうの『しただ塾』でした。
「2〜3カ月間、下田郷に住みながら観光やアウトドアについて学ぶ、求職者支援訓練校『しただ塾』をインターネットで知りました。あの下田郷に住みながらアウトドアについて学べる!と思い、迷いなく下田郷に行くことにしました」。
下田郷に住む方々から2カ月間、この土地の魅力について学び、卒業時には下田郷を紹介するマップを作成。中野さんは、その際に全体のイラストを担当しました。
「インタビューをしてその人たちのイラストなども載せたのですが、これがNPO法人ソーシャルファームさんじょうの代表と副代表の目に止まり『イラストレーターとしてうちで働かないか』と声をかけていただきました」。
三条市の地域おこし協力隊として採用され、2020年4月から協力隊として始動。現在は、『半農半イラストレーター』という肩書でさまざまな活動を行っています。
※写真は、中野さんが制作した、三条市のプロバスケットボールチーム「SANJO BEATERS」のウェルカムボード
「下田郷に来るまでイラストレーターとして働いていませんでしたから、まだ余裕こそありませんが、いただいた依頼に対して、とにかく一生懸命に向き合っています」。
成長を見据え、さまざまな依頼に応えようと挑戦しているという中野さんですが、その依頼は多岐にわたります。昨年開校した『三条市立大学のウエルカムボード制作』、東京オリンピックに参加した『コソボ共和国柔道選手団のウエルカムアート制作』、『新潟県ホームページのバナー制作』などなど。その中でも最も印象的だったのは、下田産コシヒカリをブランド化しようという『ザ・米フェス』への参加でした。
「このフェスは、2020年に下田郷にある森町小学校の5年生が願った『下田産のコシヒカリを全国的に有名にしたい!』という想いを形にしたものです。地元の米農家の皆さんにもご協力いただく形で、下田米のブランド化に乗り出しています。私は各農家さんの米袋のパッケージデザインを担当しています。好評のため、2021年度は9つのパッケージを造ることになりました。モチーフは、下田地区ゆかりの西遊記。これも思いのほか評判で、次年度以降もこのコンセプトでデザインができそうです」。
中野さんは、「いつか下田地区を表すイラストのモチーフを西遊記にしたい」と話してくれました。きっかけは、下田地区出身の諸橋轍次博士。生涯をかけて漢和辞典を完成させた博士は、幼少時代に母親から西遊記を読み聞かされたことで中国へのあこがれを持つようになったと言われています。そして博士は生前、下田地区の名勝・八木ヶ鼻を西遊記に登場する花果山のように感じていたことから、中野さんは下田地区と西遊記に深い関連性を見出したといいます。
「私はこの下田郷にやってきて、今まで出会ったことのない人たちと数多く出会いました。そして、これまでは止められて挑戦できなかったこと、例えばイラストを書くことなど、さまざまなことにチャレンジできています。自分のスキルがどんどん活かされて、米フェスでは私が描いたパッケージをつけた商品が売られるまでになりました。まだまだ実力不足ではありますが、イラストというものを通して、この土地に恩返しができたらいいなと考えています」。
実際に地域おこし協力隊として活動されている中野さんに、協力隊志願者へのアドバイスを伺うと、こんな答えが返ってきました。
「一番慣れないといけないのは方言ですかね。2年以上住んでいますが、下田郷の言葉にはいまだに慣れていません。例えば、『この大根、形は悪いけど味はいいから持っていきな』と言っているのだろうけれど、それが聞き取れず、なんとなく返事をしてしまったこともありました。この土地の人たちは非常にあたたかく、外からやってきた私たちにも優しく接してくれるので、そんな人たちの言葉をいかに早く理解できるようになるかが、この下田郷で楽しく生活するポイントでした。それから、自分のやりたいことを持って下田郷に来ることが大切だと思います。下田郷では数多くの個性的な協力隊仲間が一緒に活動しています。そんな彼らと過ごすことで、やりたいことへのモチベーションが高まるので、それを実現させるのに、とても良い環境だと思います。協力隊卒業後にも輝けるように、自分のやりたいことを明確に持って来ることを強くおすすめします」。
「この地区は特に雪が多いですが、道路の除雪は完璧なので、車での移動に不便はありません。その代わりではないですが、屋根の雪下ろしは大変で、すべて自分たちで行わなくてはいけません。僕たちは基本的に男女別々で住んでいるので、女性の方々の家の雪下ろしをするのも私たちの仕事。日頃お世話になっている方々の雪下ろしもやってあげたいですが、なかなか手が回らない状態ですね」。
山間部のため、一度の雪下ろしも重労働。イラストの制作活動も行う中野さんは、他のメンバーのようにシェアハウスで生活するのではなく一家屋にひとり暮らしなので、雪かき、雪下ろしも基本的に自分の仕事。
「下田郷の方には何かとよくしていただいているので、どこかで恩返しをしたいと思っています」。