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教えて先輩! 第126回

大藏神社の若き神主さん

2017.11.30 掲載

大藏神社 禰宜(ねぎ)、中条青年会議所メンバー、いちごカンパニー勤務

威本悠希さん

胎内市

1989年、旧黒川村(現・胎内市)生まれ。神職の家に生まれ、小さな頃から家を継ぐことを決めていた。神職資格を取るため大学へ進学し4年間を東京で過ごす。
2011年に大学を卒業すると、父から「すぐに帰ってきてくれ」と頼まれUターン。
現在は、父と二人で家業の神主をする傍ら、若手経済人が社会活動をする「青年会議所」の活動にも参加している。

小さな頃から、神社を継ぐことが当たり前だと思っていた

私の生まれた威本家は黒川村で33代続く古い家で、代々大藏神社の神主をしてきました。大藏神社の主祭神は日本の初代天皇の神武天皇(じんむてんのう)で、神社の起源は書物が残っていないくらい古いようです。源頼朝の家臣・三浦和田(みうらわだ)氏の子孫である黒川氏が、この当たりを治めていた頃の文献に大藏神社の名前が載っているようで、少なくとも室町時代にはあったという歴史ある神社です。

3人姉妹の長女の私は、昔から家を継ぐことを当たり前だと思って育ちました。子どもの頃はお祭りになれば巫女の姿で巫女舞をしたり、お正月になったら御札を神社で配ったり。小さな村だったので、同級生たちも周りの大人たちも「悠希ちゃんは神社を継ぐんでしょ」という目で私を見ていましたし、そういうものなんだと思っていました。なので、進学は神職取得課程のある大学から選びました。と言っても、神職の資格を取れる大学は東京の國學院大學と、三重県の皇學館大学の2校しかないのですが(笑)

東京時代はゲームセンターのバイトにドハマリ!

2007年に國學院大學神道文化学部に進学。同級生は自分と同じようにいずれ神社の後を継ぐという地方から出てきた人がほとんどでした。神職の資格を取るための学部と聞くと、何となく厳しい印象もあるかもしれませんが、実際のところは普通の大学生とほとんど変わらないと思います。大学も渋谷にあったので、誘惑も多くて(笑)私たちにとっては大学時代が羽根を伸ばして過ごせる最後のタイミングだったのかもしれません。

なので、よく飲み、よく遊びといった生活でした。その中で「自分の天職かも!」と思ったのがゲームセンターの仕事でした。子どもの頃からUFOキャッチャーのあるゲームセンターが大好きだったのですが、たまたまアルバイトで働くようになり仕事内容にすごくハマってしまったんです。どのタイミングでお客様に声をかけるかとか、UFOキャッチャーの景品の置き方を工夫することでどうやって売上を伸ばすかなどがすごく楽しくて。本社会議にも参加してUFOキャッチャーの景品の提案などをしていたほどです。ゲーセンに就職したいくらいでした!

父から「すぐに帰ってこい」。卒業とともに神職の仕事をスタート

期の中には大学を卒業してすぐ地元に帰っても仕事がないという人もかなり多く、そういう人は東京などの大きな神社に一度勤めてから、いずれ実家の神社を継ぐという選択をします。大藏神社は、神主が常駐してる訳ではなく、基本的にお祭りやお祓いの依頼などがあった際に開けています。なので、家の仕事量は1.5人分といった具合。父と母が神職の資格を持っていて、父が主に仕事をし、手が足りないときには母が手伝うという形でした。

大学在学中は帰ってもする仕事が無いだろうと考えていて、私もどこかで一度働きたいと思っていました。東京で遊んでいたいという気持ちもありましたし。けれど、父から「すぐに帰ってこい」と言われたんです。「田舎の神社なので、人との付き合いが物を言う。付き合った時間の長さが一番大切になってくるから」との理由からでした。また、ちょうど母が体調を崩していて、人手が足りないこともあったのでUターンし、大藏神社の禰宜(ねぎ)※として働き始めました。

神主の仕事として、大藏神社のお祭りなどの神事を取り仕切る他に、車のお祓いをしたり、地鎮祭をしたり、神道の葬儀を執り行ったりといったものがあります。小さな頃から父の仕事を見てはいたのですが、実際にやってみるとギャップもありました。お祓いなどを頼まれるのは土日が多いので、父は「うちは週休5日だからな」と冗談を言っていたんですが、実際には表に出る仕事だけでなく、御札を作ったり、しめ縄を作ったり、神社の掃除といった裏方の仕事がたくさんあることに驚きました。また、お祭りやお祓いなど華やかなイメージがあったのですが、天気に関係なく暴風雨でも神事を取り仕切らなければいけない。風邪を引いていてもずらせないなど、思った以上に体力仕事だという印象です。

旧黒川村には神主は威本家だけ。しかし、ほとんどの集落に神社があります。そういった神主不在の神社を、25社ほど管理させていただいています。お祭りがある際には各集落に出向いて神事を執り行うなど、地域とのつながりが大切な仕事だと実感しています。

※禰宜(ねぎ)…神職の一つ。神社で、宮司(ぐうじ)・権(ごん)宮司を補佐する職のこと。

青年会議所にも参加し、地域で世代を超えた仲間ができた

私の住む地域は、2005年に旧中条町と合併して胎内市となったのですが、高校まではずっと「黒川村」という認識のままでした。ただ、仕事をすると旧中条町の方々からも声がかかり、初めて「胎内市」という範囲を意識するようになりました。それで、旧中条町のことを全然知らなかったことに気づいたんです。やっぱり地域のことを知らないのは良くないと思っていたところ、たまたま声をかけられて若手経済人が多く活動している「中条青年会議所(以下JC)」に参加することにしました。

JCは20代~40代の方が所属しているのですが、大学を卒業したばかりの私は最年少。しかも、JCには珍しい女性ということもあり、先輩方にものすごくちやほやしてもらえ楽しくて楽しくて(笑)それから、地域を盛り上げるJCの活動に参加して色んな所に顔を出すようになりました。地域を盛り上げていかないと、いつかこの地区がなくなってしまう。地域がなくなれば神社も守れませんので、JCの活動も積極的に関わるようにしています。

また、JCのつながりで2014年に声をかけてもらい、閉鎖型植物工場で高糖度の大粒イチゴを栽培するベンチャー企業「いちごカンパニー」で働き始めました。実はUターンしてから続けていたアルバイトがあったのですが、神主の仕事で任されることが増えていくと、突発的な仕事にも対応しなければいけなくなってきていました。シフト制のバイトでは両立が難しくなっていた時に、いちごカンパニーの社長から「神主のことを優先していいから」と言って誘ってもらえたのです。今は、栽培管理から収穫、出荷、経理など、工場運営全般のお手伝いをしています。地元注目の企業に関われていることも、世代を越えて地域のつながりを作ってきた結果だと思います。

これからも地域を、そして神社を守っていく

地元に帰ってきてからの暮らしは、やっぱり落ち着きますよね。不自由に思ったことはないです。自動車があれば、買い物も遊びに行くのもできますし、不便とは感じません。遊び場も、ゲームセンターも新発田市まで行けばありますしね(笑)胎内市中条にボルダリング施設ができたのですが、それにもハマっています。また、釣りに行ったり。地元の同級生も残っている人は多いので一緒に遊んだり、またJCを始めてから新しい知り合いがすごく増えたので、その人達のところに顔をだしたりとプライベートも充実しています。今でも東京には、神職の会議で神社本庁に行った時に遊んだり、またプライベートでもライブに行ったり、友達の家に遊びに行ったりもしています。

神職の仕事は、関わるのは年配の方々が中心です。地域社会では若い人は上に習うのが習慣ですが、この仕事では「神主様、神主様」と対等に接してくれます。それはやはり神社が歴史の中で積み重ねてきた役割があるからだと思います。嬉しい半面、責任も感じますね。神道のことを聞かれて「わからない」とは言えないですし、間違ったことを伝えてしまったらみなさんはそれを信じてしまうので。なので、日々勉強です。

信仰心というものは、年配の方だけでなく若い人も持っていると思います。むしろ若い人の方が情報量を持っています。インターネットで、神社の由来や祭神を調べて来たり。受付時間やお祓いの種類、金額まで調べたりして、情報がある神社に行っているようですね。昔から「神主言挙げせず」という言葉がありました。神主は口で説明するのではなく、自分が神様にご奉仕する姿を見せることで、神様を感じてもらおうというものです。ただ、昔は三世代、四世代で住んでいる家も多く、自然と神社のことも見て習う機会もありました。けれど、今は核家族も多いですから、知らないものは自分で調べるしかない。そういう意味で勉強熱心な印象です。今はインターネットを使うので、「言挙げせず」と言わず、若い人たちにはちゃんと情報提供をしていかなければいけないと思っています。若手の神主の集まりの神道青年協議会といった組織もありますので、連携して対応していきたいです。

地域があるから、そこに神社があると思います。また逆に神社が地域の拠り所にもなっていると感じます。どちらも大切に続いていくようにこの地で頑張っていきたいと思います。

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