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新潟で夢にチャレンジ 第46回

~写真家の視点から~
- 新潟人のボランタリーな感性 -

2011.04.21 掲載

 世界で活躍する新潟出身の写真家たかはしじゅんいち氏が、故郷新潟に戻り約1ヶ月にわたり救援物資バックアップセンター新潟のコーディネータを務められました。
 この1ヶ月の活動報告とこれから出来ることについてのたかはし氏の講演内容をご紹介します。新潟で私たちにできることを考えるきっかけにしていただければ幸いです。

(たかはし氏講演1) スピード感ある対応

 たかはし氏は、新潟出身の写真家で現在は東京にお住まいですが、ニューヨークで20年ほど暮らしていました。たかはし氏が撮影したポートレイトには、ハリウッドアクター、ミュージシャン、スポーツ選手等、国内外で活躍するセレブリティが名を連ねます。2009年にはNewsWeekJapan誌で世界が尊敬する日本人100に選出されました。そんなたかはし氏がなぜ故郷新潟に戻り、救援物資バックアップセンターを立ち上げたのでしょうか。たかはし氏の講演内容をご紹介します。

 「仕事を通じて知り合った(有)会津ルネッサンスの本田さんからのSOSがきっかけでした。なぜ会津?とお思いの方もいるかもしれませんが、福島県会津地方には約1万人の避難者がいます。新潟は、その日に集めた救援物資を翌朝には会津に届けられる距離と道路も含めたライフラインを福島との間に持っていました。ときには会津を経由して物資が不足した地域に届けられました。災害発生からわずか数日。スピード感のある対応が求められていましたが、それが出来るのが隣接県・新潟であり、またこれだけ速やかに動けたのは新潟人の善意だけで動くと言うボランタリーな感性だったと思います。」

救援物資バックアップセンター新潟へのリンク

(たかはし氏講演2) 生きるために

 「震災から3週間が経った頃、東京のNPO団体の方々と企業から預かった大量物資を届けに現地入りしました。震災から3週間が経っても、視界に映るのは延々と続く惨状。被災地というよりは街がそっくり無くなっている光景を目の当たりにしました。報道では未曾有の災害時でも日本は治安がいい、我慢強いといった日本人の美徳が伝えられていましたが、生きるために違法な行為をせざるをえない人がいたり、外から来ている人たちによる火事場泥棒的なことが起きていたのは事実のようです。生きるためには自動販売機を壊して中の飲み物を飲むことで生きながらえた人もいます。災害時に自動販売機が無料になるシステムがありますが、これは電気が通っていることが大前提なのです。とある水産加工工場の3階で救助を待っていた80人は、3日我慢すれば救助してもらえると思っていたところ、1週間経っても救助は来なかったそうです。」

(たかはし氏講演3) 絶望の淵に

 「元気のいい人たちと現地入りしたものの余りにも絶望的な風景に途中から会話すらなくなりました。視界には惨状しか入ってこない。加えてテレビでは伝わらなかった被災の規模と海水と重油の臭い。現在も約14万人の避難者がいるといいます。その絶望的な環境下でも、必死に生きよう、頑張ろうとしている人たちに出会いました。そこでおぼろげながら自分に出来ることが見えた様な気がしました。そこで唯一感じられた希望は“人”ということ。その人たちを絶望させてはいけない。継続する為には、感情移入するには、支援する相手が見えることが必要だと感じました。」

http://www.shakyo.or.jp/hp/news/detail.php?s=1&へのリンク

(たはかし氏講演4) 写真の力を信じる

 「写真と言うメディアにお医者さんやミュージシャンの様に人を救う力があるとは思えませんでした。だから震災直後は写真家としてではなく、人として新潟でこの活動をしていました。それが現地の避難所でアルバムだけ持って辛うじて避難出来たお婆ちゃんや、撤去作業中のビルの前に持ち主に届くように瓦礫の山の前にそっと置かれているアルバムを見たときに、写真の力を信じてみる気になりました。そんな中で一写真家として大きなことは出来ませんが、全て流された人たちに新しいアルバムと共に、アルバムの1枚目となる「家族の肖像」を撮影してプレゼントする、アルバムプロジェクトを始動させることにしました。新しい人生をアルバムに収めてもらい、復興への気持ちや笑顔が増えていってほしい。写真にはそういう力があると今は信じています。」

ボランティアの声

(救援物資バックアップセンター新潟でボランティアをした方の声)
 「何かやりたいと思っていたときにこの話を聞き、やることが見つかって自分が救われたと思いました。こうした役割を与えられたことに感謝しています。少しずつですが自分自身の生きる力が身についてきたようにも思います。」
「震災で春休みの部活動が中止になり、この活動にほぼ1ヶ月関わりました。なぜか部活をやっているときにより充実感が持てました。これから安全が確認できたら現地へ行きたいと思います。それも中長期的に続けることが大切だと思っています。」
(仙台若林区でボランティアをした方の声)
 「たまたま人に頼まれて荷物を届けに行った帰りにボランティアに参加しました。街全体がなくなって、目の前には遥か遠くにある海が見えるほど。そんな中でも家屋の泥はけ作業は人海戦術です。自衛隊でなく、一般の人の手でやらなければいけないことは山ほどあります。」

終わりに

 たかはし氏の講演の後、ボランティア参加者の意見交換に続き、最後に救援物資バックアップセンタースタッフからみなさんへメッセージがありました。
 「ボランティアには最低限のルールがあります。想いだけで出かけられても現地に負担が掛かります。全てにおいて自己完結できる人で災害ボランティアについてルールを判った上で現地へ行ってほしい。とにかく人手は足りていません。
あくまでも主役は避難者と被災者です.彼らの必要としているモノを必要なタイミングで必要なだけ与えることが求められています。また、現地で人的支援をしたい人は現地のボランティアセンターに連絡してから何が自分に出来るかを考えた上で行けた方が有効な活動が出来ると思います。
やることは無限にあります。そして現地の状況が変わるにつれて、求められる支援も変わってきます。息の長い継続的な支援が必要だと思いますので、大きいことをするより、まず自分で出来る範囲のことから始めてみてください。」

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