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新しい働き方 第111回

芸人としての新たなスタート

2016.08.24 掲載

vol2

溶接業/芸人(芸名:縁竹縄)

高橋正芳さん

37歳 加茂市在住

vol2

 三条市出身。高校卒業後、東京の専門学校に進学し、卒業後は音楽制作・プロダクション会社に就職。裏方として活躍していたが、ひょんなことから表舞台に立つ芸人となり、ギター一本で弾き語りを始める。芸人として、会社役員として東京で働き続けていたが、会社を続けることが苦しい状況となり、Uターンを決意。Uターン後は溶接の仕事をしながら、芸人活動を続け、お祭りなどのイベントに出演したり、高齢者の憩いの場デイサービスなどを訪問している。

前回は私が「芸人:縁竹縄」になったばかりの頃の話を書かせていただきました。
今回は新潟に帰ることになったときの話や芸人としての新たなスタートのお話をさせていただこうと思います。

挫折、そして新潟へ帰る

 30歳を過ぎた頃、僕は会社の経営側に回っていました。と言っても、出世したというわけではなく、取締役が辞任したことによる補填といったところでしょうか。この頃、会社の経営は厳しいものになっており、銀行からは「末期症状ですね」と言われたほど。(ちなみに、この会社は現在も存続しています!)芸人舞台の良し悪しの波があることでお客さんの定着が難しく、営業の売上は浮き沈みの連続でした。
 当時、住んでいたアパートは渋谷のど真ん中で家賃が3万円。築40年、四畳半一間・風呂なし・共同トイレ。記録的な猛暑と言われた2010年の真夏でも冷房はおろか、網戸も無いため、締め切った部屋は地獄の暑さ。また、銭湯通いは月3回。ご飯は1日おにぎり2個、パン1個、たまに200円弁当。そこまで切り詰めた生活をしていても家賃は払えず、最大6か月間も滞納していました。(そんな状態でも住み続けていられたのは、大家さんが新潟出身の人で、大目に見てくれていたから。後日、完納いたしました。)
 そんな状況の中、もう目先のことしか考えられなくなって、芸人としての未来も描くことができなくなっていました。「さすがに、乗り越えられない!」と思い、新潟に帰ることを決断。「これが挫折というやつか」と、辛かったですね。

心も身体もフラフラ

 新潟に帰ってからは、溶接の基本を学ぶために三条テクノスクールに入学し、半年後、家族が経営する溶接会社に入社。
 家業の仕事をしながら、いつしか芸人の活動も再開していました。夢中になって追いかけた目標を諦めたつもりでも、気持ちの整理がつかない日々。いつも虚しさを感じていました。次の目標を見つけたいと思って仕事も芸人もしばらくは身が入らず、心も身体もフラフラした時期を過ごしました。

坐禅が心の拠り所に

 東京から帰ってきてからの虚しい毎日。心に拠り所が欲しいと強く思っていました。
 酒やタバコやギャンブルにのめり込める性格でもなく、好きだった夏目漱石を読みふけりました。ある時、その影響もあって、坐禅ができるお寺を探してみることにしました。
 すると、自宅から近くのお寺で坐禅をしていることがわかりました。偶然にもそこは、子どもの頃に友人とよく遊んだ、自分にとって慣れ親しんだお寺、西明寺でした。
 坐禅会を毎日開催しているのは、おそらく全国的にも珍しく、僕の調べた中では県内唯一のお寺です。毎朝5時30分から40分間の坐禅。初めての坐禅でも、僕にはしっくりきて、毎朝通いました。はじめは、住職と2人きりだったり、もう1人参禅者がいたり、いなかったりとまばらな感じでしたが、その後、新聞や雑誌に特集される機会が増え、参禅者も増えてきました。
 「様々な事情を抱え、人生を歩く人々は、それぞれ大荷物を抱えている」、そんなことを思うようになりました。坐禅をしている時間は、自分にとって唯一、心の落ち着ける時間。今も僕の心の拠り所になっています。実は出家を考えたこともあったけれど、やめました。頭を丸めなきゃいけないそうで。(笑)

連れ出してくれた友人の存在

 そんな僕を見かねたのか、音楽仲間で友人でもある沖縄三線奏者のきよ里さんが、いろいろなところへ連れ出してくれました。三条でまちづくりに積極的に関わっている人たちの集まりや、ボランティア団体のイベント、地域のお祭りや宴会の席。振り返ると、その時の出逢いが繋がり、新たなスタートになりました。「今度うちの町内会の祭りがあるのだけれど、出演してもらえないか」と、お祭りや集落の寄り合いまで幅広く出演するようになりました。その後、新聞やテレビに出させていただいたこともあります。北は胎内市から、南は上越市まで、活動場所は県央地域を飛び出しました。
 また、東京にいた頃から行っていたデイサービスめぐりは特別な思いがあったので、新潟に帰ってきてからも定期的に訪問。地域をつくってきたお年寄りのみなさんに感謝の気持ちを伝えようと、感謝状をつくり、お渡しする活動も続けていきました。
 挫折した芸人人生だと思っていましたが、出会ってきた数々の人の笑顔に触れているうちに、人の役に立てている実感をもち、心に充実感が広がっていきました。

ひとつのフィールドだけで生きない

 正直に言ってしまうと、家業の溶接仕事は、好きではありません。
 そうは言っても、やると決めた以上は仕事を面白くしていこうと、決めていました。どんな仕事も、面白いところはあるはずです!
 会社は、建築金物の溶接加工をメインにやっています。現在の下請けだけでは、溶接の未来を見通すのが難しいと考え、新しい仕事を模索しました。
 まず第一歩は、課題を探すこと。仕事のメインは、ロボットによる溶接加工。そこで、生産性向上と品質向上に取り組みました。ロボット1台に対し人間1人。ロボットをフル稼働させると同時に、人間に負担をかけないこと。具体的には、「仮付け」工程と「本付け」工程、今まで別々にしていた加工を、1工程にしてしまうことです。詳しいことは省きますが、製品移動のロスと人間のタイムロスを減らすことで、結果、生産性を50%向上させました。
 芸人活動・坐禅・仕事。ひとつのフィールドだけで生きるのではなく、複数のフィールドを同時に生きることが、自分の性分に合っているし、変化の激しい社会で生きていくには大切だと思っています。
 次回は、新しい仕事への挑戦についてお伝えしたいと思います。

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