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新しい働き方 第108回

禅がおしえてくれたこと

2016.07.20 掲載

vol2

Tochioto(とちおと)代表

野村(刈屋)ひと美さん

36歳 長岡市在住

vol2

 福島県出身。2児の母。祖父母、父親など教師一家に生まれ育つ。大学卒業後は、ライター・編集者を経て、地域活性化コンサルタントに。2012年長岡市栃尾地域に移住。「色で選ぶ野草茶」の加工販売や古民家を改装した「おとなこども寺子屋Tochioto」の運営をしている。
すきなこと:冬の温泉、野菜中心のご飯、保存食作り。子どものころの夢:料理記者

前回は3.11震災をきっかけに、京都のお寺へ子どもと自主避難するところまでを書きました。
今回は、お寺での生活、そして移住先探しから新潟に至るまでを書きたいと思います。

駆け込み寺

 2011年3月、京都市某所。
 世界的にも有名な禅宗のお寺にたどり着いた私たち親子は一瞬たじろぎます。重厚な門には「拝観謝絶」の文字が書かれた札がかかり、あたりは結界が張られたかのような静けさ。こんなやんちゃな娘と一緒に行っていいものだろうか…と不安になりましたが、仕事も休んできたことだし、場違いは承知の上。
 えい!と思って中へ入ると、そこには信じられないような美しい庭園が広がっていました。そこで、聡明でユーモアもある和尚さまの元、他の修行の方たちといわゆる昔ながらの自給自足生活を経験させていただきました。
 朝5時に起きて雑巾がけをし、お粥を食べ、畑を耕し、庭の掃除をして、煮炊きをし、毎日21時には床に入る。こう書くとシンプルですが、松葉の一本一本残さず箒で掃くようなことを朝からしていると、もう体はくたくたです。
 そんな疲れた体に、だしを丁寧にひいた精進料理のなんと美味しかったことか。みんなで食卓を囲むと身体のすみずみまでその幸せは広がっていくようでした。

幸せに対する思い込み

 お寺で座禅をしていると、次々と色んなことが浮かんできては、悲しいのか嬉しいのか、なんなのか時折涙を流している自分に気付きました。
 思えば、学生の頃から、自由が丘に住んで渋谷の大学に通う、典型的な都会生活を送り、結婚後も何不自由ない生活をしていました。家もあって車もあって住環境も悪くない、お金だってある。
 なのに私にとっては何か大事なものが欠けているような、そんな不安がどこかありました。
 なぜ一般的には幸せとされる条件が揃っていて、私は幸せを感じることができなかったんだろう…、なんで子どもを巻き込んでしまったんだろう…、性格がひねくれているから?
 そんな自責の念のようなものは常にまとわりついていました。
 一方で、お寺ではふと目に入る木々の変化に心が動いたり、草木が美しいと花器に生ければみんなが喜んでくださる。ささやかながら、自分から生み出すもので誰かに喜んでもらえる幸せを感じていました。そして、出入りの骨董屋さん、造園業の方、ちょっと変わった研究をしている教授…挙げればキリがないほどに、ユニークな皆さんとの新鮮な会話、傍らにある丁寧な食事。
 シンプルだけど、こういうものがあれば、「私はもう十分かもしれない」とその時感じました。

美しさをつくるもの

 最初に感じた圧倒されるようなお寺の美しさ、あれはいったい何だったのか。それは単に庭園の様式美だとか、国宝があるから、という類のものではない気がしました。もっとも私にそれを理解するだけの古美術や骨董に対する知識がなかった・・・というのもありますが。(笑)
 きっと、そこに集う人の一つ一つの動作、置かれているもの一つとっても、受け手がどう思うか、どう感じるかという、根底の誰かを思いやる気持ちが伝わってくるから、美しいのだと思いました。
 そしてそれは時を越えて私の心を動かし、勇気づけてくれるものでした。
 これから自分はどうやって生きていくのか、その時はっきりした答えは見えなくても、目先のことだけではなくて、続けられることで、自分がこの世からいなくなる先の先まで考えたことをやっていきたい、とその時は考えていました。

安心を求めて

 夜は、お寺の天窓から見上げる月が好きでした。お寺の生活は、そんな風に誰かに温かく見守られるような日々で、私が欲しかった「安心」というもののありがたさにも、気付かせてくれました。
 とはいえ、いつまでもここにお世話になるわけにもいきません。東京に戻ることになった日、不安で寂しい一方、自分をしっかり受け止めてもらった心強さから、今までとは違った一歩を踏み出せそうな、清々しい感情が自分の中に宿っているのを感じました。
 東京へ戻ると、少しずつ震災の記憶が薄れた街は、一見今まで通りだけれど、確実に変化していました。契約していた宅配サービスの野菜は、全て九州産に切り替わり、ミネラルウォーターの価格も高騰し入荷待ちの状態。
 「安心できる食を求めて移住しよう」と考え始めたのはこの頃です。1年、と自分の中で期限を決めて、西側を中心に色々なところに問い合わせたり、実際に行ってみたりしました。自治体の中にはシングルマザーの受け入れに熱心なところもあって、とても親切に対応いただきました。
 ただ、行く先々で目に入るのは、不便な中を助け合い仲良く暮らすご夫婦の姿。地域活性みたいな内容でマスコミに登場するような移住者の多くは、大抵ご夫婦で地域の役割を分担しつつ生活されていたのです。
 このまま私が子どもと移住したら、夫がするはずの力仕事も女性中心の地域の仕事も、全部1人でこなさなければいけません。あくまで地方は夫婦単位、もしくは両親同居前提の生活なんだなーと改めて感じ、母子で田舎に移住するのはあまり現実的ではないのかもしれない、と思うようになりました。

移住?引っ越し?

 そんな時に運よくご縁があったのが今の夫です。夫は3年前に祖父母の元に、孫ターン※し、弟と新規就農していました。私は、35歳までにもう一人子どもが欲しい、長女を一人っ子にしたくない、という明確な希望があったので「安心して子どもを産んでください」と言ってくれる夫と、それをがっちりサポートする義理の両親、血縁があるなしに関わらず子どもを「国の宝だ」と可愛がってくれる義祖父母の寛大さが、何よりも心強く、嬉しかったのです。
 そして、ちょっとがっかりさせてしまうかもしれませんが、私はなにかものすごい一大決心をしてここに来たわけではないんです。
 私たちは自由だし、今でも田舎だろうが都会だろうが、日本でも海外でも、どこででも生活できるって思っています。それに拠点は必ずしも一つである必要はないと思っています。
 ただ今の自分にとってはこの場所がベストだ、と思えたから、私は引っ越してきました。尊敬できる義祖父母の隣で生活ができる、子どもに東京以外の故郷を持たせてあげられる、コンサルじゃなくて、自ら地方で実践ができる。家がシェアハウスで来客が多い、というのも、地方で開かれた暮らしがしたかった私にとって、とても魅力的なことでした。
 仕事については、基本的にはなかったらつくろうと考えていましたが、ここ数年の激務で体の衰えをひしひしと感じていたので、できることなら仕事よりまずは子どもが授かれたらいいなと思っていました。
 そして、夫と義弟に研修生が2人、計4名の男性所帯に私たちが入る形で新生活がスタートしたのです。
 次回は、年商30万からのスタート、そして今の仕事についてです。

※孫ターン:祖父母が住んでいる地域に移住すること。生まれ故郷でなくとも祖父母を通じて地域のルールや人間関係を把握し、地元に溶け込みやすいというメリットがある。

夫である刈屋高志さんの孫ターンストーリーへのリンク

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